波長の合うアラブ人ベスト3
ヨルダンには紳士的で親切な人が多い。そしてお喋り好きだけど控えめなところもあって、私の印象では日本人と波長が合うアラブ人ベスト3に入る。タクシー・ドライバーは運転中どんどん話しかけて来るのに降りる時にチップを渡そうとするともじもじと申し訳なさそうに受け取るし、観光地で働くヨルダン人もすれてない感じ。
ある時、アラブ音楽フリークの私はアンマンのライブで友人がリクエストしたヨルダン人歌手のCDが欲しくてAl-Mukhtar Mallの小さなお店へ。お目当ての歌手のCDは置いてなかったが、このお店ではパソコン内のコレクションからオリジナルCDを作ってくれるのだ。店主がたくさん流してくれたサンプルから私と友人は12曲選び、1枚ずつCDを作ってもらった。その作業約20分間。友人が最後に「いくら?」と聞くと「お代は要りません」と店主は固辞。見たところそんなに儲かってそうなお店でもなく、ただで頂くわけにはいかないのでこちらも固辞。で、最終的に店主が折れて「では1枚1ディナール(約130円)で」と。ヨルダン人の心意気とホスピタリティーとはいえ、安過ぎる〜
アンマン在住の友人が知人のディワニヤ(通常男性だけが集まる応接間)を訪ねた際、私は当然彼の車の中で待っていたのだが、私の事を聞いたディワニヤの主から「どうぞ中へ」と引っ張りこまれ、ヨルダン人・イラク人・サウジアラビア人男性10人以上がたむろす部屋で想定外の大歓迎を受けるハメに。そんな場面でも彼らはとても紳士的、友好的。そしてこういう時はいつもながら存在感ある日本製一眼レフカメラが役立ち、大撮影大会に…
ところでヨルダンで最も有名な世界遺産ぺトラの入場料はヨルダン在住者が1ディナール(約130円)に対し外国人21ディナール(約2700円)! 控えめだけどこの点だけは控えめじゃない?
買い物するなら
アンマンの2大ショッピングモールは2010年初現在Mecca Mall メッカモール(こんな名前付けていいの?)とCity Mall シティモール。2つのモールは近所同士で歩けば10分、タクシーなら1ディナール以下。ヨルダン人の友人イチオシのメッカモールは大き過ぎて平日のお昼などは閑散とし、店の数と反比例して逆に寂しい感じ。巨大スーパーのカルフールが入っている。"お一人様"でフードコートで食事するなら座席スペースがいい具合に配置されているシティモールの方が利用し易いと思う。
ブランド品・食料品ともにドバイやクウェートのショッピングモールを訪れた事がある人には品揃え・価格面で一言言いたくなるかも。こちらで知り合ったクウェート人女性達も「私達の国でも売ってる物ばかり。それにアンマンのモールは品数が少ないし値段もクウェートより高いわ」と言っていた。
ちょっと物足りないモールで私が「これはいいかも!」と思ったのは写真下のヨルダンのオシャレな部屋着で、なんと10ヨルダンディナール(約1300円)から! 興味のある人はメッカモールの婦人服フロア(活気ゼロ)へ是非…10ディナールのホームドレスはヨルダン的で面白いアル・フセイン・モスク周辺のオールドスークのお店の軒先にもいっぱい。
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死海と紳士に癒されて
アンマンのハンバーガーショップでクウェート人男性3人と食事していた時、物乞い風の中年男性が堂々と店内に入って来た。男性はまっすぐ私達のテーブルへ。すると同席の3人は一瞬のためらいも無く一斉に素早く財布からお札を取り出して男性の手に押し込んだ。3人のうち2人は1ヨルダンディナール(約130円)、1人は5ディナール(約650円)も! 男性は「ありがとう」も言わず席を離れ、カウンターで一部始終を見ていた店員に胸を張って大声でハンバーガーを注文、3人の友人は何事もなかったかのようにお喋りと食事を続けていたが、イスラムに根差した価値観に裏打ちされたこの約1分足らずの出来事に受けた衝撃、私は暫く忘れられそうにない。
同席したクウェート人の友人の一人は日頃から高級レストランの入口や交差点で信号待ち時に寄って来る貧しいヨルダン人の子供の物乞いに小銭を渡している様子。「こうやってお金を渡す事がこの子達にとって本当に正解なのか時々悩むけど、やっぱり見ちゃいられないんだよ…」と。
ヨルダン
軽い気持で観てみたら すごく感動する映画だった、似たようなケーキを以前食べたけど
こっちの方が100倍くらいおいしい、という経験は誰にでもあると思う。私にとってヨルダンはそんな国。非産油国で決して豊かではないのに都会人も田舎のベドウィンも紳士的で旅人に優しい。ちなみに現在の在京ヨルダン大使の奥様は日本の方。
面積89,000平方キロ(日本の4分の1) 人口520万人
一人当たりGDP 1,914ドル(日本は36,187ドル)
まるで親戚
いかにもアラブのオジさん、といった感じの気取らない そのパレスチナ人相手に私は下手なアラビア語を駆使して終始話が弾んだ。オジさんとはアンマンのホテルと契約しているリムジン会社の運転手ラーシドさん。空港送迎、ぺトラ、ジェラシュ、死海とヨルダンに滞在した4泊中3日間も車内で長時間顔合わせてたから すっかり親戚のオジさんみたいな感覚になる?
パレスチナの人々
ラーシドさんは故郷のパレスチナに奥さんと成人した子供達を残してアンマンで働いているが、彼らパレスチナ人はアンマンの住人約120万人の75パーセントを占めているらしい。その中には1990−1991年の湾岸戦争で故アラファト議長がイラクのフセインを擁護したあおりを受けてクウェートからの国外退去を強いられたパレスチナ人も多く含まれている。友人の話では
豊かなクウェートで生まれ育った若いパレスチナ人達は新しい環境に慣れるのにかなり苦労したようだ。クウェートでのパレスチナ人コミュニティーは職場でも教育面でも他の外国人より優遇されていたから…
パンを一切れ下さい
まさかお昼抜きだとは… アンマンを訪れた12月下旬はその年の断食月ラマダンがまさに終わろうとしている時だった。地元の人達に悪いなぁ、と思いつつも 朝からのハイペースなアンマン散策でお腹ぺこぺこ、お昼食べないと
もう行き倒れる〜 とレストラン探しスタート。隣国シリアを以前やはりラマダン中に旅した時は昼間からアラブ料理店がたくさん開いていてお客もいた。もっともそのお客さん達は座っているだけで何も食べてなかったけど。
一方、アンマンのレストランは軒並み閉まったまま。さすがに大きなホテルなら大丈夫だろうと立ち寄った高級レストランにも「夕方からオープン」の非常な貼紙。やっとの思いで辿り着いたマクドナルドはドアが開いていた。この際ハンバーガーでもいいや、すぐ食べれるなら、と早速オーダー、やれやれ。ところが!
ホッとしたのも束の間、「店内での飲食お断り。テイクアウトのみ」の貼紙が… 日没まで断食中のムスリムの手前、レストラン以外の公衆の場(道端とか)で食べるのはちょっとなぁ、というわけで、テイクアウトの紙袋を大事に抱え、お腹グーグー鳴らしながらグランドハイアットまで歩いて帰った(タクシーも走ってなかった)道のりの長かった事。午後4時にホテルのお部屋でようやくありつけたハンバーガーはホントにおいしかった… そしてその翌日、断食月は明けたのでした。
見どころと綺麗どころ
ヨルダンは日本の4分の1の面積とはいえ見どころいっぱい、南部にある”アラビアのロレンス”の舞台ワディ・ラムを4WDで走り抜けるのはまた機会に… とはいえ、”インディー・ジョーンズ 最後の聖戦”のロケ地にもなった壮大なぺトラ遺跡、子供の頃から不思議だったあの死海、アンマンから約50キロのローマ遺跡ジェラシュなどヨルダンを縦横、馬にもラクダにも乗り、断食開けのお祭まで体験できた中身の濃い5日間だった。
ところでヨルダンでは振り向けば色白の美男美女、ってくらいキレイな人が多い。実際、アラブの世界では”綺麗どころ”はヨルダン、シリア、レバノンと言われていて私も同感。ただ目鼻立ちの大きい人は重力の影響を受け易いので、20代半ばを過ぎると顔立ちがどんどんと…